「デザインを見比べたいと言われてとりあえず作ってみたけど、他の人の案が採用されてしまった……。徹夜で考えた企画が通らなかった…コンペつら……」
こんな感じで消耗していませんか?
日本では馴染みがないかもしれませんが、海外ではこういった“お金にならないクリエイティブ仕事”のことを「スペックワーク(SPEC WORK)」と呼んでいます。
そして、広告代理店やデザイン団体が立ち上がって、スペックワークでアイデアが搾取されることに反対する運動も起こっているんです。
今回はそんなクリエイティブ職が戦うべきスペックワークについてです。
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スペックワーク(SPEC WORK)って?
思索的な、投機的な、不確かな、などの意味をもつspeculative(スペキュラティブ)からきています。
デザイナー、プランナー、フォトグラファー、クリエイターなどにありがちな、「とりあえず作ってみて。気に入ったら買うよ」というオーダーのこと。気に入らなかったらお金はもらえないため、タダ働きになる可能性があります。
特にデザインコンペなどで使われるやり方ですが、これをレストランに置き換えてみるとこのようになります。
今日は記念日だから、シェフたちに最高のディナーを作ってもらおう。すべて食べるけど、代金を払うのは一番気に入った料理1品だけ。それ以外の料理のぶんはお金を払わないよ。
たしかに、他業界で考えてみるとこんなことってないですよね。美味しくなくても、気に入らなくても、食べたなら代金を払うのが当然です。
しかし、これが起こってしまうのがクリエイティブ業界。スペックワークは、企画やアイデアが多い広告業界でも横行しています。
広告業界で多いのが、クライアントの課題に対して複数の会社が「提案書」を作り、その中から1社だけが採用されるというコンペ形式のやり方。
2015年にカナダの広告代理店 Zulu Alpha Kilo が、スペックワークへの反対運動として、まさに先ほどの例のように他業種に置き換えたPR動画を公開しています。
Zulu Alpha Kiloではもう何年も、提案書の作成を断る運動を続けているんです。それでも利益は落ちていないそうですよ。
カナダの広告代理店による、#saynotospec
まずはこちらをご覧ください。カナダの広告代理店Zulu Alpha Kiloによるスペックワーク反対運動「Say No to Spec(タダ働きにノーと言え)」のPR動画です。
額縁店のオーナー、建築家、カフェ店員などに対して、「気に入ったら金を払うからとりあえず作ってみてくれ」と持ちかけます。
当然断られ、「は?何言ってるんだ?」という反応の連続。
その後、「じゃあどうやってクライアントを獲得するの?」という問いに対してのそれぞれの回答が出されていくという流れです。
※動画の細かい日本語訳は、デザイナーが馬鹿げたタダ働きにNOと言うべきことが分かる動画で解説されています。
「パートナーエージェンシーを選ぶのにもっと適切なやり方がある。スペックワークは時代遅れのプロセスで、Mad Men時代から続いている。官僚的な調達機械の歯車の1つだ」
by Zak Mroueh
Zulu Alpha Kiloの創業者であり、このPR動画の監督でもあるザック・ムロー氏の言葉です。
たしかに、他の業界はスペックワークなんてしなくても等価交換がきちんと成り立っています。「もっと適切なやり方」にしたほうが、クリエイティブが正しく評価されそうです。
#saynotospec に対する人々の反応
この動画が公開されたのは2015年ですが、2017年の現在でも #saynotospec のハッシュタグで賛同の声が上がっています。
PR & creative professionals: say ‘no’ to doing speculative/free work. #saynotospec; https://t.co/xSKe7EgJbO; via @YouTube;. HT @i_am_jonb
— Jason MacKenzie (@jasonmackenzie) 2017年9月12日
Helpful video on why creatives shouldn’t take on #specwork; Zulu Alpha Kilo – Spec | #saynotospec; https://t.co/7AMc8zIqeQ; via @YouTube
— Louise Lucas (@thecoloursuite) 2017年9月20日
日本ではあまりこういった声を耳にしませんが……、海外ではスペックワークに対する反対意見も多いようです。
なぜスペックワークはよくないのか
スペックワークが発生しやすい案件は、ロゴやイラストの作成、デザイン、企画などのクリエイティブ系。ほんの一握りしか成功できないような世界や、“憧れ”が強い世界ほど横行しているんです。
ちょっとタイプは違いますが、文学賞や漫画賞などもまさにそれ。
書いては応募し、落ちて、また書いて、、貧乏暮らしでなんとかやりくりしながら成功への一歩を夢見る若者がわんさかいる世界ですよね。
こういった世界では、“憧れ搾取”としてのスペックワークが起こりがちです。
「いつかは認められるかもしれない」と希望を持ち続けるのはいいことですが、そのリスクについて警鐘を鳴らしている団体もあります。
米国のAIGA(デザイン団体)では、AIGA position on spec workというページを立ち上げ、スペックワークとは何かの説明と、それを受けることや慣行とすることでどんなリスクがあるのかを下記のように伝えています。※長いので意訳
クライアントはスペックワークをさせることで、プロジェクトの最重要部分で様々な機会を損失し、クオリティを損なう可能性がある。
デザイナーは不利な立場になるリスクがあり、クライアントの目的達成に対して貢献的なデザイナー自身の経済的価値を減少させる。
また、2017年1月に公開された85% of freelance graphic designers were asked to work for free last yearという記事では、2016年には85%のフリーランスグラフィックデザイナーがスペックワークによるタダ働きをさせられたという調査結果が出ています。
この記事のなかでは次のように述べられています。
Working on-spec rarely works out the way the freelancer expects and it can lead to a broad lowering of demand for experienced professionals.
(スペックワークをすることは、フリーランサーの期待通りに作用することはめったになく、経験豊富な専門家の大幅な需要低下を引き起こす可能性がある)
発注側にも受注側にもリスクがある、ということですが、どちらかというと受注側がフリーランサーの場合に立場が弱くなるのが大きな問題と言えそうです。
日本では、クラウドソーシングでさらに加速?
最近ではランサーズやクラウドワークスといったクラウドソーシングが使われるようになってきて、そのなかに「コンペ形式」の仕事があります。
提案を募って、出てきたデザインやイラストの中から依頼者側が気に入ったものを選び、採用した人にだけお金を払う案件です。テキストベースの軽い提案ならまだしも、がっつり成果物を求めているパターンも少なくないですよね……。
フリーランスが多く登録していて、タダ働きになってもいいから片っ端から提案している!という人もたくさんいると思います。
日本ではこれに対して「なにがいけないの?」「そういうものでしょ?」という反応がまだ多いんじゃないでしょうか?あまり搾取されている意識はないかもしれませんが、これもひとつのスペックワークといえます。
広告・PR業界におけるスペックワーク
私自身、PR会社で働いていたことがあるので、広告・PR業界のスペックワークについては痛いほどわかります。提案書ですね。
クライアントが契約する代理店を決めるときに、いくつかの候補の代理店から年間を通したPRプランを出してもらって、吟味してどこの代理店に頼むかを決めるというコンペがあります。
数人がかりで徹夜してつくった提案書が通らない……なんて日常茶飯事でした。
これが普通だと思っていたのですが、よくよく考えてみたら(というかフリーランスになってみたら)、1円にもならないかもしれない提案書にトータルで何十時間も割いていたあの頃ってナニゴト!?という感じです。
そこで「会社員は固定給だからできるんだ」と気づきました。
世の中に素晴らしいアイデアがたくさん生み出されるのは、会社というしくみがあるからなんだなーと改めて。ひとつのすごい企画の裏には無数のボツ案があるし、お金になるかわからないのに時間も労力も注ぎ込む。会社のバックアップがなかったら、スペックワークで破滅するもんね😇
— Ryoko Wani (@ryokown) 2017年4月19日
会社のバックアップがあるからできること。フリーランスで同じことをやると破滅します。。
手の込んだ提案書でコンペに臨む機会はないにしろ、アイデア出しに参加してくれとか、通るかわからないけどまずは企画をいくつか出してほしいとかは、けっこうありがちですよね。
アイデアもタダじゃないしな…とか思いつつ、細かく企画料を取るのも気まずいし、MTG1回いくらみたいな出し方もな〜と思っている人は多いんじゃないでしょうか。
こういうのも広く見ればスペックワークと言えるのかもしれません。
フリーランスが破滅しないために
「どんなものが上がってくるか見てから最良のものを選びたい」
というクライアント側からしたら、コンペ形式は相当おいしいですよね。タダでたくさんのアイデアが集まるんだから、そこからエッセンスを盗めるかもしれないし。
ですがフリーランスはスペックワークに追われていたら、その先に待っているのは破滅でしかない……。
完全になくすことで可能性を潰してしまう可能性もあるので、上手く付き合っていく必要がありますね。ザック・ムロー氏はこのように述べています。
「私は、このやり方はもう誰にも良いことはないと思います。クリエイティブな仕事をタダでやるくらいなら、チャリティーや世界を今より良い場所にできるような事に創造力を使おうではありませんか。戦略パートナーと長い付き合いをすることに「YES」と言いましょう。現実世界のビジネスの問題を解決することに「YES」と言いましょう。企業を向上させることに「YES」と言いましょう。共に。なぜなら、私たちが共に協力し合って誤解だらけのスペックワークを終わらせなければ何も変わらないからです。今が、クライアントとデザイナーが共に、スペックワークに「NO」と言う時です。」
by Zak Mroueh
皆さんはどう思いますか?